振りの媚《なま》めかしさが、いきなり松川の嫉妬《しっと》を抑えがたいものに煽《あお》りたてた。ちょっと話があると言って、にわかに葉子は薄暗い別室に拉《つ》れこまれた。
「おれはお前の良人《おっと》だぞ!」
 彼はそう言って葉子が顫《ふる》えあがるほど激情的に愛撫《あいぶ》した。
 着いてからも、従兄はしばらくその町に滞在していた。そして毎夜のように酒と女に浸っていたものだった。

 ある日離れで葉子と庸三とが文学の話などに耽《ふけ》っていると、そこへ母親が土間の方から次ぎの間の入口へ顔を出して、今瑠美子たちの継母《ままはは》と二人の書生とが、この古雪の町へ自動車で乗りこんで来たというから、多分子供たちを取り戻しに逆襲しに来たに違いない。と、あわただしく報告するのであった。
「そう!」
 葉子はその時少し熱があって、面窶《おもやつ》れがしていたが、子供のこととなると、仔猫《こねこ》を取られまいとする親猫のように、急いで下駄《げた》を突っかけて、母屋《おもや》の方へ駈《か》け出して行った。
 庸三は何事が起こるかと、耳を聳《そばだ》ててじっとしていたが、例の油紙に火のついたように、能弁に喋《しゃべ》り立てる葉子の声が風に送られて、言葉の聯絡《れんらく》もわからないながらに、次第に耳に入って来た。継母というのが、もと葉子が信用していた召使いであっただけに、頭から莫迦《ばか》にしてかかっているものらしく、何か松川の後妻としての相手と交渉するというよりも、奥さんが女中を叱《しか》っていると同じ態度であったが、憎悪とか反感とか言った刺《とげ》や毒が微塵《みじん》もないので、喧嘩《けんか》にもならずに、継母は仕方なしに俯《うつむ》き、書生たちは書生たちで、相かわらずやっとる! ぐらいの気持で、笑いながら聞き流しているのであった。そうなると、恋愛小説の会話もどきの、あれほど流暢《りゅうちょう》な都会弁も、すっかり田舎訛《いなかなま》り剥《む》き出しになって、お品の悪い言葉も薄い唇《くちびる》を衝《つ》いて、それからそれへと果てしもなく連続するのであった。ふと物の摺《す》れる音がして、柘榴《ざくろ》の枝葉の繁《しげ》っている地境の板塀《いたべい》のうえに、隣家の人の顔が一つ見え二つ見えして来た。そこからは庸三の坐っている部屋のなかも丸見えであった。庸三はきまりがわるくなったので、にわ
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