て内心厭な気持がしてゐるだけで、突き留める気にもなれなかつた。晴代の無細工な手料理で木山は晩飯を食べたあと、もう袷《あはせ》に袷羽織と云ふ時候であつたが晴代の前では話せない事もあるらしく、その辺の若い人達の夜の遊び場になつてゐる麻雀《マージャン》か玉突きへでも行くものらしく、台所に後始末してゐる晴代にちよつと声をかけて、二人は出て行つてしまつた。
 或る時木山が夜おそく帰つて来ると、何か薄い角《かく》いものを、黙つて長火鉢の側にゐる晴代の前におくので、彼女は包装紙によつて、仲屋の半襟《はんえり》か何かだらうと思つた。
「これ何?」
「何だか開けてごらん。奥さんへ贈物だつて」
「へえ、誰から。」
「先きは君を知つてるよ。」
 開けてみると刺繍《ししう》の美事な塩瀬《しほぜ》の半襟が二掛畳みこまれてあつたが、晴代も負けない気になつて、其よりも少し上等な物を木山の其の馴染の女に送り返した。

     三

 母から出してもらつた資本や、仲間の援護で始めた木山のさゝやかな店がぴしやんこになるのに造作《ざうさ》はなかつた。苦しい算段の市の復興全体から言へば、彼の損害なぞは真《ほん》の微々たるも
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