なると晴代も探してあるくのも厭で、知らん振りして次の幕が開くまで座席で筋書を読んで寂しさを紛《まぎ》らしてゐた。
「何うしてゐたの。」
「うん、ちよつと……。」
 それきりで孰《どつち》も何とも言はなかつたが、その後も木山は善く芝居の切符を屹度《きつと》二枚づゝ買つて来るので、同伴してみるとそれが何時でも神楽坂《かぐらざか》の花柳界の連中《れんぢゆう》の日であるのが不思議であつた。その度に晴代から離れて待合の女中などと廊下で立話をしてゐる木山の姿が目についたが、その中には木山の顔馴染《かほなじみ》らしい年増芸者の姿もみえた。晴代は座敷で逢《あ》ふ男の社会的地位や、人柄に気をつける習性がいつかついてゐて、男性には自然警戒的な職業心理が働くのだつたが、相手の言動を裏まで探つたり疑つたりするのが嫌ひだつたので、木山が何か話せばだが、黙つてゐる場合にわざ/\此方から問ひをかけるやうな事は出来なかつた。何か自身を卑しくするやうな感じもあつたが、聴いたところで何うにもならない事も承知してゐた。よく/\切端《せつぱ》つまつた場合の外は黙つてゐた。それに木山にも若いものの友達附合ひといふこともあるので
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