へしなさいよ。」
晴代は腹も立たなかつた。木山が摺《す》るなら此方も鼻ツ張りを強く、滅茶苦茶を引いてやらうと云ふ気になつた。
木山と反対の側に、直きに晴代の座が出来た。二三百円も負けたかと思つたが、それどころではないらしい木山の悄《しよ》げ方《かた》であつた。
晴代は手も見ないで引つ切りなしに戦つた。勿論出る度にやられた。木山も出ると負け出ると負けして、悉皆《すつかり》気を腐らせてゐた。
「もう止めだ。おい帰らう。」
木山は晴代を促した。
「いいわよ、何うせ負けついでだから、うんと負けたら可いぢやないの。」
木山は苦惨な顔を歪《ゆが》めてゐたが、晴代は反つて朗らかだつた。皆なが呆《あき》れて晴代を見てゐるうちに、無気味な沈黙がやつて来た。嵩《かさ》にかゝる晴代を止めるものもあつた。晴代も素直に札を投げ出した。
計算する段になつて、脹《ふく》れてゐた木山の財布も、あらかたぺちやんこになつてしまつた。
やがて二人そろつて外へ出たのは三時を聞いてからであつた。晴代はいくら集まつたかとか、いくら負けたかとか聞くのも無益だと思つたので、それには触れようともしなかつた。
木山は帰る
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