か好い人《ひと》といつた格で、その辺で遊んでゐた。今日は仲間と一緒に請負ひの入札に行つた筈だと、晴代が思ひこんでゐると、朝方になつて裏口の戸を叩いたり、又は誰々と田舎へ山を見に行くと行つて、二日も三日も何処かにしけ込んでゐたりした。それに市の入札に行つた帰りなどに、極《き》まつて丸菱《まるびし》から買ひものをして来るのも可笑《をか》しかつた。菓子に鑵詰、クリーム、ポマアド、ストッキングにシャツ――包み紙はいつも丸菱であつた。彼は大の甘党で、夜床についてからも、何かしら甘いものを枕頭へ引寄せて、ぽつ/\食べてゐたが、しこたま買ひこんで来る丸ビルの丸菱の甘味は甘いもの嫌ひの晴代には、美味《うま》さうには見えなかつた。
或る時晴代が晩飯の材料を買ひに出て、気なしに台所へ上つて来ると、真木がその日も遊びに来てゐて、話のなかに丸菱といふ言葉が連《しき》りに出るのが耳についた。晴代は前から変に思つてゐたので丸菱が何うしたのだらうと、ぢつと聴き耳を立ててゐたが、それが牛込の女の名だといふことが漸《やつ》とわかつた。
「何だ詰らない。」
晴代は独りで可笑《をか》しがつたが、その女の顔が見てやりたい
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