知らなかったんです」
「しかもお前達夫婦の籍は、お前の養家じゃなくて、亭主の家の方にあるんだから可怪《おか》しいよ」
 最初は心にもかけなかったその籍のことを、二度も三度も鶴さんの口から聴されてから、お島は養家の人達の、作太郎を自分に押つけようとしていた真意が、漸《やっ》と朧《おぼろ》げに見えすいて来たように思えた。
「そうして見ると、あの人達は、そっくり私に迹《あと》を譲る気はなかったもんでしょうかね」お島は長いあいだ自分一人で極込《きめこ》んでいた、養家やその周囲に於ける自分の信用が、今になって根柢《こんてい》からぐらついて来たような失望を感じた。
 お島は、最近の養家の人達の、自分に対するその時々の素振や言《ことば》に、それと思い当ることばかり、憶出《おもいだ》せて来た。
「畜生、今度往ったら、一捫着《ひともんちゃく》してやらなくちゃ承知しない」お島はそれを考えると、不人情な養母達の機嫌を取り取りして来た、自分の愚しさが腹立しかったが、それよりも鶴さんの目にみえて狎々《なれなれ》しくなった様子に、厭気のさして来ていることが可悔《くやし》かった。
 二年の余《よ》も床についていた前
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