知合の男の口入《くちいれ》であった。紙漉場《かみすきば》などをもって、細々と暮していた養家では、その頃不思議な利得があって、遽《にわか》に身代が太り、地所などをどしどし買入れた。お島は養親《やしないおや》の口から、時々その折の不思議を洩《も》れ聞いた。それは全然《まるで》作物語《つくりものがたり》にでもありそうな事件であった。或冬の夕暮に、放浪《さすらい》の旅に疲れた一人の六部《ろくぶ》が、そこへ一夜の宿を乞求めた。夜があけてから、思いがけない或幸いが、この一家を見舞うであろう由を言告《いいつ》げて立去った。その旅客の迹《あと》に、貴い多くの小判が、外に積んだ楮《かぞ》のなかから、二三日たって発見せられた。養父は大分たってから、一つはその旅客の迹を追うべく、一つは諸方の神仏に、自分の幸《さち》を感謝すべく、同じ巡礼の旅に上ったが、終《つい》にそれらしい人の姿にも出逢わなかった。左《と》に右《かく》、養家はそれから好い事ばかりが続いた。ちょいちょい町の人達へ金を貸つけたりして、夫婦は財産の殖えるのを楽んだ。
「その六部が何者であったかな」養父は稀《まれ》に門辺《かどべ》へ来る六部などへ、
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