桐の花などの咲いている、夏の繁みの濃い平野を横ぎって、汽車はいつしか山へさしかかっていた。高崎あたりでは日光のみえていた梅雨時《つゆどき》の空が、山へ入るにつれて陰鬱に曇っているのに気がついた。窓のつい眼のさきにある山の姿が、淡墨《うすずみ》で刷《は》いたように、水霧に裹《つつ》まれて、目近《まぢか》の雑木の小枝や、崖の草の葉などに漂うている雲が、しぶきのような水滴を滴垂《したた》らしていたりした。白い岩のうえに、目のさめるような躑躅《つつじ》が、古風の屏風《びょうぶ》の絵にでもある様な鮮《あざや》かさで、咲いていたりした。水がその巌間《いわま》から流れおちていた。
 深い渓《たに》や、高い山を幾つとなく送ったり迎えたりするあいだに、汽車は幾度《いくたび》となく高原地の静なステーションに停《とど》まった。旅客たちは敬虔《けいけん》なような目を側《そば》だてて、山の姿を眺めた。
 ステーションへつく度に、お島は待遠しいような気がいらいらいした。
 山の町近くへ来たのは、午後の四時頃であった。糠《ぬか》のような雨が、そのあたりでも窓硝子を曇らしていた。

     百十二

 目ざす町
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