、リボンも砂埃に汚れていた。お島はその冠物の肩までかかった丸い脊を屈《こご》めて、夕暗のなかを、小野田についていて貰《もら》って、ハンドルを把《と》ることを学んだ。
 近いうちに家が建つことになっているその原には、桐《きり》の木やアカシヤなどが、昼でも涼しい蔭を作っていた。夏草が菁々《せいせい》と生繁《おいしげ》って、崖のうえには新しい家が立駢《たちなら》んでいた。
 そこらが全く夜《よる》の帷《とばり》に蔽《おお》い裹《つつ》まるる頃まで、草原を乗まわしている、彼女の白い姿が、往来の人たちの目を惹《ひ》いた。
 木の蔭に乗物を立てかけておいて、お島は疲れた体を、草のうえに休めるために跪坐《しゃが》んだ。裳裾《もすそ》や靴足袋《くつたび》にはしとしと水分が湿《しと》って、草間《くさあい》から虫が啼《な》いていた。
 お島はじっとり汗ばんだ体に風を入れながら、鬱陶しい冠《かぶり》ものを取って、軽い疲労と、健やかな血行の快い音に酔っていた。腿《もも》と臀部《でんぶ》との肉に懈《だる》い痛みを覚えた。小野田は彼女の肉体に、生理的傷害の来ることを虞《おそ》れて、時々それを気にしていたが、自転車
前へ 次へ
全286ページ中262ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング