い今の家を一思いに放擲《ほうりだ》して了《しま》いたいような気分になっていた。
「ここは縁起がわるいから、私たちはまたどこかで新規|蒔直《まきなお》しです」
 ここへ引移って来てから、貸越の大分たまって来ている羅紗《らしゃ》の仲買などに、お島は投出したような棄鉢《すてばち》な調子で言っていた。

     九十九

 本郷の通りの方で、第四番目にお島たちが取着いて行った家を、すっかり手を入れて、洋風の可也《かなり》な店つきにすると同時に、棚《たな》に羅紗などを積むことができたのは、それから二三年もたって、店の名が相応に人に知られてからであったが、最初二人がそこへ引移っていった時には、店へ飾るものといっては何一つなかった。
 愛宕《あたご》時代に傭《やと》ったのとは、また別の方面から、お島が大工などを頼んで来たとき、二人の懐《ふとこ》ろには、店を板敷にしたり、棚を張ったりするために必要な板一枚買うだけの金すらなかったのであったが、新しいものを築き創《はじ》めるのに多分の興味と刺戟《しげき》とを感ずる彼女は、際《きわ》どいところで、思いもかけない生活の弾力性を喚起《よびおこ》されたりした。
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