上のことで、ちょくちょく其処へ出入しているうちに、いつか親しい間《なか》になったのだと云うことは、お島もおとらから聞かされて知っていた。その頃|痩世帯《やせじょたい》を張っていた養父は、それまで義理の母親に育てられて、不仕合せがちであったおとらと一緒になってから、二人で心を合せて一生懸命に稼いだ。その苦労をおとらは能くお島に言聞せたが、身上《しんしょう》ができてからのこの二三年のおとらの心持には、いくらか弛《たる》みができて来ていた。世間の快楽については、何もしらぬらしい養父から、少しずつ心が離れて、長いあいだの圧迫の反動が、彼女を動《と》もすると放肆《ほうし》な生活に誘出《おびきだ》そうとしていた。
 お島は長いあいだ養父母の体を揉んでから、漸《やっ》と寝床につくことが出来たが、お茶屋の奥の間での、刺戟《しげき》の強い今日の男女《ふたり》の光景を思浮べつつ、直《じき》に健《すこ》やかな眠に陥ちて了った。蛙の声がうとうとと疲れた耳に聞えて、発育盛の手足が懈《だる》く熱《ほて》っていた。
 翌朝《あした》も養父母は、何のこともなげな様子で働いていた。
 お花を連出すときも、男女《ふたり》
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