路費の出来そうに言っていた父親の家への同行を、お島は二度も三度も迫ってみたが、小野田は不快な顔をして、いつもそれを拒んだ。
八九年前に、効性《かいしょ》ものの妻に死訣《しにわか》れてから、酒飲みの父親は日に日に生活が荒《すさ》んで行った。妻の働いているうちは、どうか恁《こう》か持堪《もちこた》えていた家も、古くから積り積りして来ている負債の形《かた》に取られて、彼は細《ささや》かな小屋のなかに、辛《かろ》うじて生きていた。
到頭お島がつれられて行ったときに、彼は麦や空豆の作られた山畑の中に、熱い日に照されて土弄《つちいじ》りをしていたが、無智な顔をして畑から出て来る汚いその姿を見たときには、お島は慄然《ぞっ》とするほど厭であった。一緒に行った小野田に対する軽蔑《けいべつ》の念が一時に彼女の心を凍らしてしまった。
七十九
それでお島は、小野田が自分をつれて来なかった理由が解ったような気がして、父親が本意《ほい》ながるのも肯《き》かずに、その日のうちにN――市へ引返して来たのであった。自分のこれまでがすっかり男に瞞《だま》されていたように思われて、腹立しかったが、小野田
前へ
次へ
全286ページ中201ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング