来ることになっている嫁のことをも、彼は考えない訳に行かなかった。そしてそれが一層男の方へお島の心を粘《へばり》つかせていった。
 奥まった小さい部屋から、二人の話声が、夜更までぼそぼそ聞えていた。
 その夜なかから降り出した雨が、暁になるとからりと霽《はれ》あがった。そしてお島が起出した頃には、父親はもうきちんと着物を着て、今にも立ちそうな顔をして、莨をふかしていた。

     五十九

 お島が腫《はれ》ぼったいような目をして、父親の朝飯の給仕に坐ったのは、大分たってからであった。明放した部屋には、朝間《あさま》の寒い風が吹通って、田圃《たんぼ》の方から、ころころころころと啼《な》く蛙《かわず》の声が聞えていた。
「今日は雨ですよ。とても帰れやしませんよ」お島は縁《えん》の端《はじ》へ出て、水分の多い曇空を眺めながら呟《つぶや》いた。
「さあ、どういう風になっているんですかね、私にもさっぱりわからないんですよ。多分お金なんか可《い》いんでしょう」
 ここに五十両もって来ているから、それで大概借金の方は片着く意《つもり》だからといって、父親が胴巻から金を出したとき、お島は空※[#「※
前へ 次へ
全286ページ中152ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング