、お島はこの頃自分ですることにしていた。

     五十四

 新座敷の方の庭から、丁字形に入込んでいる中庭に臨んだ主人の寝室《ねま》を、お島はある朝、毎朝《いつも》するように掃除していた。障子|襖《ふすま》の燻《くす》ぼれたその部屋には、持主のいない真新しい箪笥が二棹《ふたさお》も駢《なら》んでいて、嫁の着物がそっくり中に仕舞われたきり、錠がおろされてあった。お島は苦しい夢を見ているような心持で、そこを掃出していたが、不安と悔恨とが、また新しく胸に沁出《しみだ》していた。
 お島は人に口を利《き》くのも、顔を見られるのも厭になったような自分の心の怯《おび》えを紛らせるために、一層|精悍《かいがい》しい様子をして立働いていた。そして客の膳立《ぜんだて》などをする場所に当ててある薄暗い部屋で、妹達と一緒に朝飯をすますと、自分独りの思いに耽るために、急いで湯殿へ入っていった。窓に色硝子《いろガラス》などをはめた湯殿には、板壁にかかった姿見が、うっすり昨夜《ゆうべ》の湯気に曇っていた。お島はその前に立って、いびつなりに映る自分の顔に眺入《ながめい》っていた。親達や兄や多くの知った人達と離れ
前へ 次へ
全286ページ中140ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング