して、資本の運転が止ったところで、去年よりも一層不安な年の暮が、直《すぐ》にまた二人を見舞って来た。
荒いコートに派手な頸捲《えりまき》をして、毎日のように朝|夙《はや》くから出歩いているお島が、掛先から空手《からて》でぼんやりして帰って来るような日が、幾日《いくか》も続いた。
仕事の途絶えがちな――偶《たま》に有っても賃銀のきちんきちんと貰えないような仕事に働くことに倦《う》んで来た若い職人は、好い口を捜すために、一日店をあけていた。
病気のために、中途戦争から帰って来たその職人は、軍隊では上官に可愛がられて上等兵に取立てられていたが、久振で内地へ帰ってくると、職人|気質《かたぎ》の初めのような真面目《まじめ》さがなくなって、持って来た幾許《いくら》かの金で、茶屋酒を飲んだり、女に耽《ふけ》ったりして、金に詰って来たために、もと居た店の物をこかしたり、友達の着物を持逃したりして居所《いどころ》がなくなったところから、小野田の店へ流れて来たのであったが、その時にはもうすっかりさめてしまって、旧《もと》の小心な臆病ものの自分になり切っていた。
来た当座、針を動かしている彼は時々巡査の影を見て怕《おそ》れおののいていた。そしてどんな事があっても、一切|日《ひ》の面《おもて》へ出ることなしに、家にばかり閉籠《とじこも》っていた。彼は救われたお島のために、家のなかではどんな用事にも働いたが、昼間外へ出ることとなると、釦《ボタン》一つ買いにすら行けなかった。点呼にも彼は居所を晦《くら》ましていて出て行く機会を失った。それが一層彼の心を萎縮《いしゅく》させた。
今朝も彼は朝飯のとき、奥での夫婦の争いを、蒲団《ふとん》のなかで聴いていながら、臆病な神経を戦《わなな》かせていた。最初その争いは多分夫婦間独自の衝突であったらしく思えたが、この頃の行詰った生活問題にも繋《つなが》っていた。
「私はこうみえても動物じゃないんだよ。そうそう外も内も勤めきれんからね」
お島はこの頃よく口にするお株を、また初めていた。
誰があの職人を今まで引留めておいたかと言うことが、二人の争いとなった。
「お前さんさえ働けば、家なんざ小僧だけで沢山なんだ」飽っぽいようなお島が言出していた。どんな事があっても、三人でこの店を守立ててみせると力んでいた彼女が、どんな不人情な心を持っているかとさえ疑われた。
七十三
二日ばかり捜しあるいた口が、どこにも見つからなかったのに落胆《がっかり》した彼が、日の暮方に疲れて渡場《わたしば》の方から帰って来たとき、家のなかは其処《そこ》らじゅう水だらけになっていた。
以前友達の物を持逃したりなどしたために、警察へ突出そうとまで憤っている男もあって、急にぐれてしまった自分の悪い噂《うわさ》が、そっちにも此方《こっち》にも拡がっていることを感づいたほか、何の獲物もなかった彼は、当分またお島のところに置いてもらうつもりで、寒い渡しを渡《わた》って、町へ入って来たのであったが、お島の影はどこにも見えずに、主人の小野田が雑巾《ぞうきん》を持って、水浸しになった茶の間の畳をせっせと拭《ふ》いていた。
気の小さい割には、躯《からだ》の厳丈づくりで、厚手に出来た唇《くちびる》や鼻の大きい銅色《あかがねいろ》の皮膚をした彼は、惘《あき》れたような顔をして、障子も襖《ふすま》もびしょびしょした茶《ちゃ》の室《ま》の入口に突立っていた。
「どうしたんです、私《あっし》の留守のまに小火《ぼや》でも出たんですか」
「何《なあ》に、彼奴《あいつ》の悪戯《いたずら》だ。為様のない化物だ」小野田はそう言って笑っていた。
昨日の晩から頭顱《あたま》が痛いといってお島はその日一日充血したような目をして寝ていた。髪が総毛立ったようになって、荒い顔の皮膚が巖骨《いわっころ》のように硬張《こわば》っていた。そして時々うんうん唸《うな》り声をたてた。
米や醤油《したじ》を時買《ときがい》しなければならぬような日が、三日も四日も二人に続いていた。お島は朝から碌々《ろくろく》物も食べずに、不思議に今まで助かっていた鶴さん以来の蒲団《ふとん》を被《かぶ》って臥《ふせ》っていた。
自身に台所をしたり、買いものに出たりしていた小野田には、女手のない家か何ぞのような勝手元や家のなかの荒れ方が、腹立しく目についたが、それはそれとして、時々苦しげな呻吟《うめき》の聞える月経時の女の躯《からだ》が、やっぱり不安であった。
「腰の骨が砕けて行きそうなの」
お島は傍へ寄って来る小野田の手に、絡《から》みつくようにして、赭《あか》く淀《おど》み曇《うる》んだ目を見据えていた。
小野田は優しい辞《ことば》をかけて、腰のあたりを擦《さす》ってやったりした。
「私は
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