もうすっかり殺《そ》げてしまったもののように、途中で幾度となく引返しそうな様子を見せたが、お島も自分が全く嫌われていないまでも、鶴さんの気持が自分と二人ぎりの時よりも、おゆうの前に居る時の方が、[#底本では「、」が「。」、61−15]話しの調子がはずむようなので、古昵《ふるなじ》みのなかを見せつけにでも連れて来られたように思われて、腹立しかった。二人は初めほど睦《むつ》み合っては歩けなくなった。
「でも此処《ここ》まで来て寄らないといっちゃ、義理が悪いからね」
今度はお島が立寄るまいと言出したのを、鶴さんは何処か商人風の堅いところを見せて、すっかり気が変ったように言った。
「それ程にして戴かなくたって可《い》いんですよ。あの人達は、親だか子だか、私なぞ何とも思っていませんよ。生家《さと》は生家《さと》で、縁も由縁《ゆかり》もない家ですからね」お島はそう言いながら、従《つ》いて行った。
生家《さと》では母親がいるきりであった。母親はお島の前では、初めて来た婿にも、愛相《あいそ》らしい辞《ことば》をかけることもできぬ程、お互に神経が硬張《こわば》ったようであったが、鶴さんと二人きりになると、そんなでもなかった。お島は母親の口から、自分の悪口を言われるような気がして、ちょいちょい様子を見に来たが、鶴さんは植源にいた時とは全然《まるで》様子がかわって、自分が先代に取立てられるまでになって来た気苦労や、病身な妻を控えて商売に励んで来た長いあいだの身《み》の上談《うえばなし》などを、例の急々《せかせか》した調子で話していた。
「ここんとこで、一つ気をそろえて、みっちり稼がんことにゃ、この恢復《とりかえし》がつきません」
鶴さんは傍へ寄って来るお島に気もつかぬ様子であったが、お島には、それがすっかり母親の気に入って了ったらしく見えた。
「どうか店の方へも、時々お遊びにおいで下すって……」
鶴さんは語《ことば》のはずみで、そう言っていたが、お島は、何を言っているかと云うような気がして、終《しまい》に莫迦々々《ばかばか》しかった。それでけろりとした顔をして、外を見ていながら、時々帰りを促した。
「こう云う落着のない子ですから、お骨も折れましょうが、厳《やかま》しく仰《おっし》ゃって、どうか駆使《こきつか》ってやって下さい」母親はじろりとお島を見ながら言った。
鶴さんは感激し
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