切《きれ》の長い目が細くて、口もやや大きい方であったが、薄皮出の細やかな膚の、くっきりした色白で、小作《こづくり》な体の様子がいかにも好いと思った。いつも通るところとみえて、鶴さんは仕立物などを散《ちら》かしたその部屋へいきなり入っていこうとしたが、おゆうは今日は更《あらた》まったお客さまだから失礼だといって、座敷の床の前の方へ、お島のと並べてわざとらしく座蒲団《ざぶとん》をしいてくれた。
「そう急に他人行儀にしなくても可《い》いじゃありませんか」鶴さんは蒲団を少しずらかして坐った。
「いいじゃありませんか。もう極《きまり》のわりいお年でもないでしょう」おゆうは顔を赧《あから》めながら言って、二人を見比べた。
「貴女《あなた》ちっとは落着きなさいましてすか」おゆうはお島の方へも言《ことば》をかけた。
「何ですか、私はこういうがさつ[#「がさつ」に傍点]ものですから、叱《しか》られてばかりおりますの」お島は体《てい》よく遇《あしら》っていた。
「でもあの辺は可《よ》うございますのね、周囲《まわり》がお賑《にぎや》かで」おゆうはじろじろお島の髷の形などを見ながら自分の髪《あたま》へも手をやっていた。
 性急《せっかち》の鶴さんは、蒲団の上にじっとしてはおらず、縁側へ出てみたり、隠居の方へいったりしていたが、おゆうも落着きなくそわそわして、時々鶴さんの傍へいって、燥《はしゃ》いだ笑声をたてていたりした。広い庭の方には、薔薇《ばら》の大きな鉢が、温室の手前の方に幾十となく並んでいた。植木棚のうえには、紅や紫の花をつけている西洋草花が取出されてあった。四阿屋《あずまや》の方には、遊覧の人の姿などが、働いている若い者に交ってちらほら見えていた。
「どうしよう、これからお前の家へまわっていると遅くなるが……」鶴さんは時計を見ながらお島に言った。「何なら一人でいっちゃどうだ」
「不可《いけ》ませんよ、そんなことは……」おゆうはいれ替えて来たお茶を注《つ》ぎながら言った。
 それで鶴さんはまた一緒にそこを出ることになったが、お島は何だか張合がぬけていた。

     三十二

 日がそろそろかげり気味であったので、このうえ二三十町もある道を歩くことが、二人には何となし気懈《けだる》い仕事のように思えた。鶴さんは植源へ来るのが今日の目的で、お島の生家《さと》へ行ってみようと云う興味は、
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