ったような気がした。そしてじっと俛《うつむ》いていると、体がぞくぞくして来て為方《しかた》がなかった。
「どうだい島ちゃん、こうして並んでみると万更でもないだろう」青柳が一二杯|猪口《ちょこ》をあけた時分に、前屈《まえこご》みになって舐《な》めるような調子で、私《そっ》とお島の方へ声をかけた。
 吸物椀にぎごちない箸をつけていた作は、「えへへ」と笑っていた。
 お島は年取った人達のすることや言うことが、可恐《おそろ》しいような気がしていたが、作の物を貪《むさぼ》り食っている様子が神経に触れて来ると、胸がむかむかして、体中が顫《ふる》えるようであった。旋《やが》てふらふらと其処を起《た》ったお島の顔は真蒼《まっさお》であった。
 二三人の人が、ばらばらと後を追って来たとき、お島は自分の部屋で、夢中で着物をぬいでいた。

     二十二

 追かけて来た人達は、色々にいってお島をなだめたが、お島は箪笥《たんす》をはめ込んである押入の前に直《ぴった》り喰着《くっつ》いたなりで、身動きもしなかった。
「これあ為様がない」幾度手を引張っても出て来ぬお島の剛情に惘《あき》れて、青柳が出ていったあとに、西田の老人と王子の父親とが、そこへお島を引据えて、低声《こごえ》で脅《おど》したり賺《すか》したりした。
「あれほど己が言っておいたに、今ここでそんなことを言出すようじゃ、まるで打壊《ぶちこわ》しじゃないか」お爺さんは可悔《くやし》そうに言った。
「ですから行きますよ。少し気分が快《よ》くなったら急度《きっと》行きます」お島は涙を拭きながら、漸《やっ》と笑顔《わらいがお》を見せた。
「厭なものは厭でいいてこと。それはそれとして何処までも頑張《がんば》っていなければ損だよ。なに財産と婚礼するのだと思えば肚《はら》はたたねえ」お爺さんは、そう言いながら、漸《やっ》と安心して出て行った。
 しんとして白けていた座敷の方が、また色めき立って来た。ちょいちょい立ってはお島を覗《のぞ》きに来た人達も、やっと席に落着いて、銚子《ちょうし》を運ぶ女の姿が、一時《ひとしきり》忙《せわ》しく往来《ゆきき》していた。
「おい島ちゃん、そんなに拗《す》ねんでもいいじゃないか」作が部屋の前を通りかかったとき、薄暗《うすくらが》りのなかにお島の姿を見つけて、言寄って来た。お島は帯をときかけたままの姿で、押入
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