れられても身ぶるいがするほど厭であった。
 婚礼|談《ばなし》が出るようになってから、作は懲りずまに善くお島の傍へ寄って来た。余所行《よそゆき》の化粧をしているとき、彼は横へ来てにこにこしながら、横顔を眺めていた。
「あっちへ行っておいで」お島はのしかかるような疳癪声《かんしゃくごえ》を出して逐退《おいしりぞ》けた。
「そんなに嫌わんでも可《い》いよ」作はのそのそ出ていった。
 作の来るのを防ぐために、お島は夜自分の部屋の襖《ふすま》に心張棒《しんばりぼう》を突支《つっか》えておいたりしなければならなかった。
「厭だ厭だ、私死んでも作なんどと一緒になるのは厭です」お島は作のいる前ですら、始終母親にそう言って、剛情を張通して来た。
「作さんが到頭お島さんのお婿さんに決ったそうじゃないか」
 お島は仕切を取りに行く先々で、揶揄《からか》い面《づら》で訊《き》かれた。足まめで、口のてきぱきしたお島は、十五六のおりから、そうした得意先まわりをさせられていた。お島のきびきびした調子と、蓮葉《はすは》な取引とが、到るところで評判がよかった。物馴《ものな》れてくるに従って、お島の顔は一層広くなって行った。
 それが小心な養父には、気に入らなかった。時々お島は養父から小言を言われた。
「可《い》いじゃありませんか阿父《おとっ》さん、家の身上《しんしょう》をへらすような気遣《きづかい》はありませんよ」お島は煩《うる》さそうに言った。
「阿父さんのように吝々《けちけち》していたんじゃ、手広い商売は出来やしませんよ」
 ぱっぱっとするお島の遣口《やりくち》に、不安を懐《いだ》きながらも、気無性《きぶしょう》な養父は、お島の働きぶりを調法がらずにはいられなかった。
「嘘ですよ」
 お島は作と自分との結婚を否認した。
「それでも作さんがそう言っていましたぜ」取引先の或人は、そう言って面白そうにお島の顔を瞶《みつ》めた。
「あの莫迦の言うことが、信用できるもんですか」お島は鼻で笑っていた。
 王子の方にある生家へ逃げて帰るまでに、お島の周囲には、その噂が到るところに拡がっていた。
「それじゃお前は、どんな男が望みなのだえ」おとらは終《しまい》にお島に訊ねた。
「そうですね」お島はいつもの調子で答えた。
「私はあんな愚図々々した人は大嫌いです。些《ちっ》とは何か大きい仕事でもしそうな人が好きです
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