労をさせて来たから、一日ゆっくり遊ばしてやりましょうよ」
お島はそうも言って頼んだ。
その晩は、水の音などが耳について、能《よ》くも睡《ねむ》られなかった。
夜があけると、東京から人の来るのが待たれた。そして怠屈な半日をいらいらして暮しているうちに、旋《やが》て昼を大分過ぎてから二人は女中に案内されて、お島の着替えや水菓子の入った籠《かご》などをさげて、どやどやと入って来た。部屋が急に賑《にぎや》かになった。
「こんな時に、私も保養をしてやりましょうと思って。でも、一人じゃつまらないからね」お島は燥《はしゃ》いだような気持で、いつになく身綺麗にして来た若い職人や、お島の放縦《ほうじゅう》な調子におずおずしている順吉に話しかけた。
「医者に勧められて湯治に来たといえば、それで済むんだよ。事によったら、上さんあの店を出て、この人に裁《たち》をやってもらって、独立《ひとりだち》でやるかも知れないよ」
お島は順吉にそうも言って、この頃考えている自分の企画《もくろみ》をほのめかした。
底本:「あらくれ」新潮文庫、新潮社
1949(昭和24)年10月31日発行
1969(昭和44)年6月20日21刷改版
1982(昭和57)年9月15日38刷
※本作品中には、今日では差別的表現として受け取れる用語が使用されています。しかし、作品の時代背景と価値、加えて、作者の抱えた限界を読者自身が認識することの意義を考慮し、あえて発表時のままとしました。(青空文庫)
入力:久保あきら
校正:湯地光弘
2000年6月23日公開
2000年7月8日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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