も想像されるほど、彼等はお島と狎々《なれなれ》しい口の利《き》き方をしていた。
 肉づいた手に、指環などを光《ひから》せている精米所の主人のことを、小野田は山にいた時のお島の旦那か何ぞであったように猜《うたが》って、彼等が帰ったあとで、それをお島の前に言出した。
「ばかなことをお言いでないよ」
 お島は散かったそこらを取片着けながら、紅い顔をして言った。たっぷりした癖のない髪を、この頃一番自分に似合う丸髷に結って、山の客が来てからは、彼女は一層|化粧《みじまい》を好くしていた。指環なども、顔の広い彼女は、何処かの宝玉屋から取って来て、見なれない品を不断にはめていた。それが小野田の目に、お島を美しく妬《ねた》ましく見せていた。
「その証拠には、お前は私のおやじがこの席へ顔を出すのを、大変厭がったじゃないか」
 私が出て挨拶をするといって、聴かなかった父親に顔を顰《しか》めて、奥へ引込めておくようにしたお島の仕打を、小野田は気にかけて言出した。
「だって可恥《はずか》しいじゃないか。お前さんの前だけれど、あの御父さんに出られて堪《たま》るもんですか。お前さんの顔にだってかかります」
「昔《むか》しの旦那だと思って、余《あんま》り見えをするなよ」
「人聞きのわるいことを言って下さるなよ」お島は押被《おっかぶ》せるように笑った。「あの人達に笑われますね。それが嘘なら聴いてみるがいい」
「そうでもなくて、あんな者が来たってそんなに大騒ぎをする奴があるかい」
「煩《うるさ》いよ」お島は終《しまい》に呶鳴《どなり》出した。

     九十七

 暑い東京にも居堪《いたたま》らなくなって、浜屋がその宿を引払って山へ帰るまでに、お島は幾度《いくたび》となくそこへ訪ねて行ったが、彼女はそれを小野田へ全く秘密にはしておけなかった。ちょっと手許《てもと》の苦しい時なぞに、お島は浜屋から時借《ときがり》をして来た金を、小野田の前へ出して、その男がどんな場合にも、自分の言うことを聴いてくれるような関係にあることを、微見《ほのめ》かさずにはいられなかった。
 浜屋はその通《かよ》っている病院で、もう十本ばかり、やってもらった注射にも飽きて、また出るにしても、盆前にはどうしても一度は帰らなければならぬ家の用事を控えている体であったが、お島たち夫婦の内幕が、初め聴いたほど巧く行っていないことが、幾
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