りした顔は、微笑にゆるんで、やや得意の色があった。
「掘出し物だ。ヴィクトリア朝のものじゃない、どうしても百年前のものだね」
「へえ」と今更感心して見る。
「夜店で買ったんだ。初め十銭だって云ったが、こんなもの買う人はありゃしない、五銭に負けろと、とうとう五銭で買って来た。さあ、どうしてあんなところにあったものかなァ」
「へえ、五銭……夜店で」と僕は驚いたような声を出した。この貴族的な詩人が五銭で聖書を買っている光景を眼前に描き出して、何とも云えず面白い気持がした。が、そのすぐあとから、自分が毎日敷島を二つ宛|喫《す》うことを思出して、惜しいような気がした。何が惜しいのかわからないが、兎に角惜しいような気がする。
 むやみにいじくって見る。何やら古い、尊い香がする。――気が付くと、Kさんの話はいつの間にかどしどしイプセンに進んでいた。イプセンと聖書《バイブル》、イプセンは常に聖書《バイブル》だけは座右を離さなかったというから、これもまんざら関係がないでもないと思う。
 Kさんが立って呼鈴を押すと、とんとんとんと、いかにも面白そうに調子よく階段《はしごだん》を踏んで、女中さんが現れた。僕
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