にございますあの天智天皇の置物は、荒川の作にしては出来のよい方ではないが、ヘルンの申しましたこの『貧しい天才』を尊敬して買ったのでございます。
ある夏、二人で呉服屋へ二三反の浴衣を買いに行きました。番頭が色々ならべて見せます。それが大層気に入りまして、あれを買いましょうこれも買いましょうと云って、引寄せるのです。そんなに沢山要りませんと申しましても『しかし、あなた、ただ一円五十銭あるいは二円です。色々の浴衣あなた着て下され。ただ見るさえもよきです』と云って、とうとう三十反ばかり買って、店の小僧を驚かした事もあります。気に入るとこんな風ですから、随分変でございました。
浴衣はただ反物で見て居るだけでも気持ちがよいと申しました。始めの好みは少し派手でしたが、後にはじみな物になりました。模様は、波や蜘蛛の巣などが殊に気に入りました、これを着ますと『あゝあの浴衣ですね』などと云って喜びました。日本人の洋服姿は好きませんでした。殊に女の方の洋服姿と、英語は心痛いと申しました。
ある時、上野公園の商品陳列所に二人で参りました。ヘルンはある品物を指して、日本語で『これは何程ですか』と優しく尋ねますと、店番の女が英語でおねだんを申しました。ヘルンは不快な顔をして私の袖を引くのです、買わないであちらへ行きました。
早稲田大学に参るようになりました時、高田さんから招かれまして参りました。奥様が、玄関に御出迎え下さいまして『よく御出で下さいました』と仰って案内されたのが英語でなくて上品な日本語であって嬉しかったと云うので、帰りますと第一に靴も脱がずにその話を致しました[#「致しました」は底本では「致した」]。
『読売新聞』であったかと存じます、ある華族様の御隠居で、昔風が御好きで西洋風の大嫌いの方の話がありました。女中も帯は立て矢の字、髪は椎茸たぼの御殿風でございました。着物も裾長にぞろぞろ引きずって歩くのです。ランプも一切つけませんで源氏行灯です。シャボンも嫌い、新聞も西洋くさいというので、西洋くさい物は奉公人の末に到るまで使わせないのだそうです。こんな風ですから奉公人も厭がって参りません。『あの御屋敷なら真平御免です』と申します事が記してございました。この話を致しますと、ヘルンは『如何に面白い』と云って大喜びでした。『しかし私大層好きです、そのような人、私の一番の友達、私見
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