ないようにしていました。こんな時には私はいつもあの美しいシャボン玉をこわさぬようにと思いました。そう思うから叱られても腹も立ちませんでした。
著述に熱心に耽って居る時、よくありもしない物を見たり、聞いたり致しますので、私は心配の余り、余り熱心になり過ぎぬよう、もう少し考えぬようにしてくれるとよいが、とよく思いました。松江の頃には私は未だ年は若いし、ヘルンは気が違うのではないかと心配致しまして、ある時西田さんに尋ねた事がございました。余り深く熱心になり過ぎるからであると云う事が次第に分って参りました。
怪談は大層好きでありまして、『怪談の書物は私の宝です』と云っていました。私は古本屋をそれからそれへと大分探しました。
淋しそうな夜、ランプの心を下げて怪談を致しました。ヘルンは私に物を聞くにも、その時には殊に声を低くして息を殺して恐ろしそうにして、私の話を聞いて居るのです。その聞いて居る風が又如何にも恐ろしくてならぬ様子ですから、自然と私の話にも力がこもるのです。その頃は私の家は化物屋敷のようでした。私は折々、恐ろしい夢を見てうなされ始めました。この事を話しますと『それでは当分休みましょう』と云って、休みました。気に入った話があると、その喜びは一方ではございませんでした。
私が昔話をヘルンに致します時には、いつも始めにその話の筋を大体申します。面白いとなると、その筋を書いて置きます。それから委しく話せと申します。それから幾度となく話させます。私が本を見ながら話しますと『本を見る、いけません。ただあなたの話、あなたの言葉、あなたの考でなければ、いけません』と申します故、自分の物にしてしまっていなければなりませんから、夢にまで見るようになって参りました。
話が面白いとなると、いつも非常に真面目にあらたまるのでございます。顔の色が変りまして眼が鋭く恐ろしくなります。その様子の変り方が中々ひどいのです。たとえばあの『骨董』の初めにある幽霊滝のお勝さんの話の時なども、私はいつものように話して参りますうちに顔の色が青くなって眼をすえて居るのでございます。いつもこんなですけれども、私はこの時にふと恐ろしくなりました。私の話がすみますと、始めてほっと息をつきまして、大変面白いと申します。『アラッ、血が』あれを何度も何度もくりかえさせました。どんな風をして云ってたでしょう。その
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