化そのものに挑戰したことはない。ただ唯物史觀を理論的背景とする社會主義はある特定の生産條件の上に樹立された文化に挑戰するだけである。

       六

 けれども「現代文明」の支持者達は尚《な》おひるまない。文化は永遠であつて決して物的條件の爲めに變化しないという。人間は太古から今日まで同じ人間であつて少しも變化しなかつたという意味に於てなら僕も藝術や文化の永遠を信じる。併しそれは歴史の否定であつて、歴史を否定する限り歴史觀たる唯物史觀は當然消滅して問題は殘らないわけだ。唯物史觀は歴史を肯定してその一の觀方、研究法としてのみ意味をもつのである。最もわかりやすい例で言えば昨今しきりに問題になつている映畫藝術は決して觀念から生れたものでなくて、或る時代に活動寫眞が發明された爲めに生じたものである。もつと精神的な問題について言えば尊王討幕という思想は幕府の横暴、皇室の式微という當時の社會條件があつて生じ、自由民權の思想は人民の權利が壓制されていたという特殊の物的條件によつて生じたのである。而してこれ等の社會條件は最後にこれを物的或は經濟的條件に還元することができるのである。
 最後に文學
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