つが合致した時に犯人を決定するのです。しかしこの二つが合致しているのに、被告の精神状態を疑っていたりしていた日には、裁判はできませんからねえ。でも、こんどの事件は、もともと過失ですから、御子息の罪は大したこともなかろうと私は考えるのです。が、検事の方ではこの事件を過失と認めておらんようでもあり、それに検事の言い分にも聞いてみれば一応道理があるのでしてね……」
「では、せがれが、故意に大それた殺人を犯したとでもいうのですね、過失でさえもないというのですね。それでせがれ[#「せがれ」に傍点]の陳述と物的証拠とやらがぴったり合致しているというのですか? そういうはずはありますまい。」
老教授の顳※[#「需+頁」、第3水準1−94−6]筋《せつじゅきん》はぴりぴりと顫動《せんどう》し、蒼ざめた顔には、さっ[#「さっ」に傍点]と血の色がのぼった。それも無理もない、息子の生死のわかれ目なのだ。
「まあ落ちついて下さい。今も申し上げたように、私は過失であるとかたく信じているのです。けれども、あなたが、御子息の陳述と物的証拠とが合致しておるはずがない[#「はずがない」に傍点]とおっしゃるのも妙ですね。あの日は、あなたは早くから大学の方へ出ておられて、死体が発見されたのはそのあとの出来事ですから、現場も御覧になっておらず、御子息の陳述をお聞きになったわけでもないあなたが、はずがない[#「はずがない」に傍点]などとおっしゃるのは少しお言葉が過ぎはしませんか?」
判事の論理整然たる反駁《はんばく》におうて、教授はまったくとりつく島を失った。額《ひたい》には油汗が一面ににじんでいる。やっとのことで吃《ども》り吃り彼は言いつくろった。
「それは、その……せがれ[#「せがれ」に傍点]は気が変ですから、まさか、半狂人の言うことが事実にあっているとは思われませんので……」
「ところが御子息の陳述は事実とぴったりあっているのです。ただ、ほんの一箇所事実とあわんところがあるのでしてね。それさえわかっておれば、この事件はもう明瞭で、御子息の犯罪は『過失罪』ということにきまるのですが、たった一箇所|曖昧《あいまい》なところがあるために、謀殺《ぼうさつ》ではないかという疑いの余地が生じて来るのです。もっとも、繰り返して申し上げますが、わたしはそんなことは信じません。ただ検事は深くそう信じこんでいるようで
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