ネ相貌を与へるかも知れないが、それにもかゝはらず、このことは、学としての文学を建設するために、是非通過しなければならぬ一過程であり、一段階であり、どれほどそれが粗笨な理論であつても、それは明かに進歩であるとさへいはねばならぬ。占星術や錬金術から独立したときの天文学や化学が如何ほど幼稚で粗笨であらうとも、依然として、それらは、最も精巧な占星術や錬金術よりも、理論的には遙かに進歩したものであると同じである。
 一切の理論は経験から出発しなければならぬ。単に経験から出発するだけでなく、経験に帰つて来なければならぬ。凡ゆる科学のうちで、最も抽象的な科学は天体力学として発達した。そして天体力学は、抽象的な理論からではなくて、星の運動の観測からはじまつたのである。そして、どんな小さな経験的事実、たとへば水星の近日点の移動の如き事実でも万有引力の理論全体の変革を迫るに十分だつたのである。何故かなら理論は経験にはじまると同時に、経験の検証に堪へるものでなければならぬからである。
 然らば、文学に於ける経験的事実[#「経験的事実」に傍点]とは何か? 言ふまでもなく、それは、個々の文学作品である。この文学
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