黷驍ナあらう。
経済関係と政治形態との変化は、更に法制の変化を強制することは明白である。たとへば、資本主義経済がデモクラシイの政治を樹立すると、集会や結社を禁止する法律、政治的不平等を支持する法律などが、根拠を失つて、新しい民主的法律にかはられるが如くである。
経済、政治、法制の変化は、更に、その社会の道徳、習慣、思想、感情等の変化を条件づけることは争はれない。道徳は法制の恒久化したものに他ならぬ。たとへば、奴隷制度の時代には、奴隷を道具としてつかふことは何等道徳に反しなかつた。アリストテレスの如き大哲さへも奴隷に人格を認めなかつた。ところが、政治がデモクラチツクになり、奴隷の売買が禁止される時代になつて来ると、奴隷も一人前の人格を要求することが道徳的となる。又、封建時代には、町人百姓は生れながらにして貴族僧侶に比べると卑賎なものであると誰しも信じてゐたが、ブルジヨア社会になるとかゝる社会観は一変して、特権階級の地位は著しく低められる。一言で言へば、一時代の経済関係、政治形態、法制等は、その時代の社会生活、社会の百般の文化を条件づけると言へるのである。
こゝで注意しなければならぬことは、私が上に述べたことを機械的に、杓子定規的に解してはならぬといふことである。即ち、先づ生産力が生産関係に影響し、生産関係がその他の経済条件に影響し、経済条件が政治形態に、政治形態が法制に、法制が道徳習慣思想感情等に、次々に目白押しに影響して来るものであるなどゝ考へてはならぬ。社会現象はそれ程簡単ではない。私はたゞ、比較的根本的な要素を先に挙げたゞけに過ぎぬのであつて、以上の条件は互に他に作用を及ぼすと同時に他から反作用を受けてゐるのである。これ等の条件の及ぼす力は一方的でなくて相関的なのである。たとへば政治組織がその時代の政治思想を条件づけることは事実であるが、それと同時に、その時代の政治思想も亦、政治組織に対して活発に作用してゐるのである。ブハリンはこのことを社会の諸要素間の平衡[#「社会の諸要素間の平衡」に傍点]と名づけてゐる。
四
以上で、私は、文学作品に及ぼす各種の力を大体分析し終つた。私が以上に挙げたゞけでも、それは甚だ複雑であるが、実際はこれよりも遙かに複雑であることを理解しなければならぬ。ある文学作品を生んだ地理的環境のみからその作品を論じたり、その社会の経済条件だけから、直接にその作品を論じたりするのが間違ひであると同様に、作者の天分のみから作品の価値を論じようとするのも無暴であることは、以上述べたところによりてわかるであらう。
ある文学作品の意義、価値を、科学的に決定するためには、作者の研究、作者の属する流派の研究、その時代の一般的イデオロギイの研究が必要であることになり、更にこのイデオロギイを十分に理解するためには、その時代の社会の、法制、政治、経済等の条件を審かにし、更にその社会のよつて立つ自然的環境をも探らねばならぬ。かくして吾々は、一の文学作品の科学的認識に到達したと言へるであらう。
理解の便のために、これを図式であらはすと上の如くなる。
社会生活が単純であつた時代には、この関係も単純である。たとへば、太古の狩猟民族にあつては、狩猟といふ生産様式が、直接に芸術の内容を条件づけてゐるが如くである。
ロシヤのマルクス主義の碩学プレハノフは、此の[#「此の」は底本では「比の」]問題について興味あるワラツシエツクの説を引用してゐる。
「ワラツシエツクは原始民族の演劇の起源に関する自己の見解を次の如く要約してゐる。『此の演技の対象は次の如くである。(1)狩猟、戦争、漁撈、漕舟(狩猟民族、遊牧者)、動物の生活及び習慣。動物黙戯、仮面舞戯(やはり動物を表出するところの。プレハノフ)。(2)家畜の生活及び習慣(牧畜者)。(3)労働(農耕者)、米搗き、粉磨き、打禾、収穫、葡萄摘み』『……演出されるのは生存競争上絶対に必要な日常生活の事実である』」(恒藤恭氏訳『マルクス主義の根本問題』増補版九二―九三頁)
併しながら、社会生活が複雑になつて来ると、この関係も複雑して来る。私たちは現代のさまざまな文学作品を、現代社会の経済関係から簡単に説明することは不可能である。そこには文学作品の生産される条件を決定する無数の要素があり、それらの間に複雑な作用と反作用との網が構成されてゐるからである。この点についても私は、プレハノフの見解をそのまゝ引証するであらう。彼は次の如く言つてゐる。
[#ここから1字下げ]
「階級の区別のなかつた原始社会に於ては、人間の生産的労働は、彼の世界観及び審美心に直接に[#「直接に」に傍点]影響したのであつた。装飾術の動機は技術に存し、舞踏は――此の社会に於いて最要の芸術であるが――多く
前へ
次へ
全9ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
平林 初之輔 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング