Iが『詩学』に於て精密に定義した史詩、抒情詩、牧歌、悲歌、警句詩等の別は一掃された。これ等の形式は作者が思ふまゝに混用して差支へなくなつた。用語、語調等に於ける古典文学の中庸主義は破られて、激越な語句、詩法上の破格が自由に許された。ユゴオの作品を見ると言葉の洪水といふ感じがする。かくの如き文学に於ける自由主義に最もふさはしい文学の品種は小説である。小説には面倒な約束が少しもない。ブルジヨア社会に於て、小説が一躍文学の主流的地位を占めて来たのは決して偶然ではないのである。
 以上は、もとよりロマンチスムの文学の全特色を列挙したものではなくて、単にその本質的特色を挙げたのに過ぎない。ヨーロツパの各国に前後して起つたところのロマンチスムの文学運動には、民族や国土やその他無数の条件によつて、それ/″\異つた色彩が見られる。私は、それ等を否認したり、閑却したりしてゐるのではない。たゞ、こゝでは、それ等を抽象し去つて、たゞ、当時の政治経済上の変動が、文学に如何なる変化を決定したかを例証的に述べて見たに過ぎないのである。
 
         四

 自然主義の文学は成熟期のブルジヨアの文学であるといへる。それは、ロマンチスムの文学が、新興の、若い、革命期のブルジヨアの文学であるといふのと同じ意味に於てゞある。
 自然主義文学を発生せしめた社会的環境の特色を挙げると、ブルジヨア階級が成熟して来たこと、社会の物質的生産力が増加し、富、資本が社会の動力として最も重要な地位を占めて来たこと、自然科学が急激に勃興して来たこと等であるといつてよい。
 ブルジヨア階級が成熟して、その社会的地位が安固となると、若い時代の情熱が消えて来るのは当然である。自然主義の文学がロマンチスムの文学に比べて情熱的でないのはそこに原因の少くも一半をもつであらう。ブルジヨア階級には、もはや戦ふべき権威も敵手もない、そこで翻つて自己を観察し省察するやうになつて来る。自然主義文学が個人主義(正しくいへば自己批判)の文学であるといはれてゐるのはそのためでもあらう。
 勃興期のブルジヨア階級にとつては、前途に薔薇色の世界が展望されてゐたことは既に述べたとほりである。然るに一朝彼等が支配階級の位置に上つて見ると、以前の希望は何一つ現実化しない。自由は一部の大資本家に独占されてしまつてゐた。多数者にとつては、自由の夢は、一
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