た結果は完全に真理である。けれども、太陽を規準にするのが最も簡単であり便利であるのである。即はち、ポアンカレの主張は、決して真理の任意性をゆるすものではなくて、真理の唯一なることは十分にみとめてその表現の規準を便利といふことにおいたのである。
ところが、種々のイズムの文学理論を、同じ権利をもつてゆるすことは、真理に種々あることをゆるすことになる。それは論理の根本原則と明白に矛盾する。それ故に、私は、種々の立場からの文学理論が、いずれも同様に正しいといふ説にくみすることはできない。
こゝで私たちは、見かけ上最もまことしやかな弁駁にぶつゝかる。即はち存在するものは凡て合理的であるといふ説、それから、凡ての理論はそれ/″\真理の一部を蔵してゐるのであつて、絶対真理といふものはないといふ説とがこれである。
これ等の説の正否は、かゝつて、その解釈のしかたによる。存在するものは、凡べて理由をもつてゐるといふ意味に解するならば第一の説はたゞしい。たとへば、ロマンチシズムの文学が生れたのには、それが生れる理由があつたのであつて、気紛れに生れて気紛れに滅びたのではないと解するならばこの説は正しいと言へる。これは凡ての現象の決定性を主張することにほかならない。現象の因果関係の認識に他ならぬ。しかしながら、存在するものは、すべていつまでも正当な存在権をもつといふ風に解するならば、この説は明かに暴論である。現象は流動する。或る一定時刻に正当であつた存在も、次の時期に於ては正当でなくなることは可能であるばかりでなく、むしろ必然である。かくて、卵のときに正当であつた卵殻が、雛の時には無用の長物となり、それを破棄することが正当となる。それと同時に、或る目的を規準にして考へるならば、発生のそも/\のはじめから正当でない存在もある。人間の生命を規準にして考へるならばコレラ菌の存在は、はじめから正当でない。しかもコレラ菌が一定の条件のもとに発生することは完全に必然である。因果の原理は破られない。そこで、私たちは、文学理論を科学的基礎におくといふ目的のためには、一切の非科学的理論を排除しなければならぬ。この場合には、ロマンチシズムと自然主義とが、文学理論の領域に於て同等の市民権を要求しても無益である。私たちが目的を意識する瞬間にそこに価値の別が生ずる。そしてこの価値の軽重は、いづれがより科学的であるかといふ一点によりてきまる。
次に、凡ての理論がそれ/″\真理の一部を蔵してゐるのであつて、絶対真理といふものはないといふ説に移らう。「凡ての」といふのは純然たる修辞である。雷を空中電気の現象であるとする説と、ジユピターの怒りに帰する説とは絶対に両立しない。いづれか一つが真理であるか、いづれも虚偽であるかの二つの場合は可能であるが、二つとも真理であるといふこと、二つとも真理の一部を言ひ表はしてゐるといふことは不可能である。
けれども、「凡ての」といふ形容詞をとり去つてしまへばこの命題は成りたつ。たとえば、生物進化の説明としてのダーウイニズムとラマルキズムとはいづれも真理の一部を蔵してゐると言ひ得る。だが、問題はそれから先に横はる。若し、この両者が、それ/″\真理の一部を蔵してゐるといふことが真理であるならば、私たちのとるべき態度は二通りしかあり得ない。即ち、いづれかの一方に他方の真理を包摂するか、然らざれば、両者をともに脱却して、両者を綜合する一層高い見地にまでのぼるか、そのいずれかである。双方ともに、そつくりそのまゝ認めるといふ態度は無理論主義者の態度であり、理論の否認である。私たちは二つの理論を闘争せしめて、いづれかをして他を克服せしめるか、或は、両者を綜合するより高い段階に進まねばならぬ。
以上の説明によりて、私は、事実としては、文学上の種々の流派の存在理由を認めるに拘らず、理論としては、凡ての流派の理論を同一の存在権利をもつものとして許すことができないことを信じてゐることがわかつたであらう。文学理論は、他の諸科学の理論と同様に、唯一の体系に組織されねばならぬ。また、どれ程遠い将来に於てゞも、それは組織されるであらう。但し私は、それを信ずるだけであつて、私自身が、いますぐにこの大事業に着手しようとは全然思つてゐない。また、今後、文学上の種々の流派が生滅するであらうことは確実といつてもよい。がしかし、その場合私たちは、事実の前に屈服して、みんな正しいのだといふやうな折衷主義に堕してはならないであらう。
三 文学は何のために生れ何のために存するか
私は、文学の本質といふアプリオリをすてた。それと同じ理由によりて、今度は、文学は何のために生れ、何のために存するかといふ問ひに対しても、先験的な解答を断乎として排除しなければならぬ。
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