…だがこれ等についての詳しい報告は、いま発表の時期でないように思います。私の実験が成功して、この子供を日光や空気にさらしてもよいまでに発育させることができましたなら、その時に、一切の報告をすることにいたします。恐らく、本会の秋季大会には、報告できるようになるだろうと思います」
博士は急霰《きゅうさん》のような拍手を浴びながら演壇を下った。
これで東亜生理学会の昭和×年度春期公開会議はおわったのであった。
聴衆の間にはざわざわと波が起った。ベンチを起ち上って帰り仕度をするのである。
その時、傍聴席の、内藤女史の隣りにいた阿部医学士がすっと起ちあがって、いま自分の前を通り過ぎようとする村木博士に向って言った。
「先生ちょっと質問があります」
「質問ですか」と村木博士は立ちどまって言った。「今日は一切質問にお答えしないことにします。私は、私の実験の輪郭を報告しただけで、殆んどその内容には亘《わた》りませんでした。何故かというと私の実験はいま進行中なので、はたしてそれが成功するかどうかもわからないからです。だから、実験の内容に関する御質問なら、今日は何事もお答えするわけにはゆきません」
前へ
次へ
全26ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
平林 初之輔 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング