博士は聴衆の頭上に、満足の一瞥を投げながら、悠揚として語り出した。
「これ等の動物試験の見事な成功に元気づけられて、私は、とうとう、これを人間について実験して見ようと思いたったのでした。私は、私自身の精虫をえらびました。培養液として選んだのは第二村木液と仮《かり》に私が命名[#「命名」は底本では「命令」と誤植]している生理液です」
 熱心な聴衆のある者の間には、この大胆な、学界空前の発表に対して、折々驚歎の私語《ささやき》がおこった。陪賓席には、東亜生理学会の会員が、七八名、この画期的実験報告の内容を一語も聞き洩すまじと熱心な耳を傾けていた。その中には、村木博士の助手として、その実験を手伝っている女理学士内藤房子女史の断髪姿が紅一点を点じていた。
 博士はコップの水でちょっと口をうるおしてから語りつづけた。
「いまこの人造胎児は、私のこしらえた特別の試験管の中で、無事に育っています。目下ちょうど妊娠三ヶ月位の段階にあります。私が一番困難を感じたのは栄養の補給でありましたが、ここにおられる内藤女史の協力によりて、この困難も突破しました。私たちは最近各種の蛋白質の合成にも成功しました。…
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