いをなおして、ほつれ毛をかき上げた。
「たった今帰ったばかりですよ。実はこん度実験室を鎌倉の方へ移すことにしましてね。隣の部屋の取り片附けは出発の前の晩に、みんな寝しずまってからやりました。あなたにも家族にも秘密でね。新聞記者などにかぎつけられちゃうるさいと思ったものですからね。なあに、荷物はトランク一つにまとまりましたよ。今のうちでないと大きくなっちゃ持ち運びが大変ですからね。液の振盪を防ぐためには随分骨を折りましたが、それでも長い道中なのでどうかと思いましたが、幸い無事に向うのラボラトリーへ移しましたよ。で貴女も明日からあちらのラボラトリーで手伝っていただくことにしました。私は一週一度発育状態をしらべにゆけばよいのです。あちらには、ばあやを一人つけておきます。貴女の仕事はその都度お願いすることにしますが、あちらの実験室へは絶対にはいれませんから、そのおつもりでね。さあそれでは家の方へちょっと……」と博士は一人でしゃべりながら、相手が何もいわないうちに、彼女の二つの眼へかわるがわるキッスして、軽快に実験室を出て行った。


      5

 それから約六ヶ月の間、村木博士は正確に一
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