ど一致してゐる。私はかつて、「文学の本質について」といふ論文の中で、文学の本質は経験的なものであつて、経験的なものをすべて取り去つてしまへば、本質は消滅してしまふことを説明した。勝本氏は私が経験的なものと言つたのを「側面」といふ言葉で言ひあらはしてゐるだけであつて論旨は殆んど符合してゐる。
 だが、芸術は社会現象のすべてゞはない。その一部分でしかない。しかも一部分といふのは量的な一部分といふ意味ではなくて、質的に異つた一部分である。芸術も科学も社会的な一つの機能をもつてゐるが、それは同じ機能ではない。両者はひとしく社会に有用なものであり、従つて社会的価値をもつてゐるのであるが、その価値は別箇の価値である。これはちやうど水素も窒素もラヂウムも物質であるが、これ等の元素はそれ/″\別箇の性質をもつてゐるのと同じである。もとよりこれ等の性質が、究極に於いてヘリウム核の周囲に排列された電子の数によつて決定されるやうに、各種の社会的価値は、一つの社会的価値に帰することはできる。だがそのために、芸術的価値がその特殊性を全く失ふだらうか。
 また芸術価値は純粋なものでなくて、多くのものゝ複合によつて
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