めにうったものですよ」
「しかし、何故《なぜ》あの男が光子を殺したのでしょう?」
「それは調べて見ねばわかりませんね。しかしことによると、被害者があの男の現在の秘密か旧悪かを知っているので、どうしても生かしておくわけにゆかない破目《はめ》になっていたのかも知れませんよ。あの男はこの事件以外にも思いもよらん泥を吐くかも知れんと私は思いますね。いずれにしても犯罪が非常に計画的ですから、色情関係じゃなかろうと思います」
 佐々木警部が、上野探偵の明鏡の如き推理にすっかり説服されてしまって、彼を×××署の入口まで送り出して来たのはそれからまもなくであった。上野探偵が×××署の門を出るとき、すれ違いに木見を乗せた自動車が同署の構内にはいったが、彼はもうそんなものには興味がないといった風《ふう》に見向きもしないで、マドロスパイプをくわえたまま、いつもの無念無想の歩みをつづけて行った。
             ×    ×    ×    ×
 上野探偵からの知らせで、×××署の前まで三四郎の釈放されるのを迎えに来ていた嘉子が、署の構内から出て来る未来の夫の姿を見出したのはその日の夕方近くだった。二人は感慨無量でしばらく無言のまま顔を見合わしていたが、やがて女の方が口をきった。
「わたし、貴方だとばっかり思ったものですから、心配で心配で……」
「僕はまた嘉《よし》ちゃんだとばかり思って心配していたんだ。ほんとに嘉ちゃんじゃなかったのだね?」
 二人は光子の屍体を引きとることを即座に可決し、その足で光子の霊前にそなえるべく花を買いに行ったのであった。



底本:「殺意を運ぶ列車 鉄道ミステリー傑作選」光文社
   1994(平成6)年12月20日初版1刷発行
   1999(平成11)年1月10日7刷発行
初出:「新青年」
   1927(昭和2)年1月号
入力:田中亨吾
校正:土屋隆
2001年12月31日公開
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