確定的な事実のように思われて来る。
彼は身体をはげしくゆすぶって、此の忌わしい考えを振り払おうとした。
今頃女房はどうしているだろう。自分がこんな不名誉なところに、こんな見苦しいざまをしていることを知ったらどうだろう。自分は何も悪いことをしたおぼえはないように思う。が女房はそれを信じてくれるだろうか。それとも彼女は、自分を悪人だと信じきって、愛想をつかして逃げ出していはしないだろうか? 自分が刑事につかまった時に顔を見せなかったのはどうもおかしい。あの時もう既に逃げたあとだったかも知れぬ。
彼はまた恐ろしいものを振り払うように身体をゆすぶって妄想を追いやろうとしたが、数時間前に、幸福な考が泉のように湧いて出たように、今は、凡《あら》ゆるいまわしい想像が、工場の煙突から吐き出される煤煙《ばいえん》のように、むらむらととぐろを巻いて、彼の意識全体にひろがってゆくのであった。
それでも彼は誰をもうらまなかった。うらもうにもうらむ相手がなかったのである。警官は理由なしに臣民を拘引するわけはない。然らば如何なる理由で自分を拘引したのだろう。わからぬ。全くわからぬ。明かに無法だ。無茶だ。だ
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