末をつけて貰いたい。その代り、ここからはやく出して貰いたい。この光を奪われた底冷たい無気味な部屋にいることだけは一分間でも辛棒ができん。彼は死刑台へでもよいから、はやくこの部屋を出してつれていってほしいと思った。

     六、板倉刑事課長の審問

 約二十分経った。彼にはそれが数時間のように思われた。
 家畜小屋の閂《かんぬき》のような、非美術的極まる留置室の扉が、此の上なく野蛮な音をたてて、ごりごりときしみながら開いた。生れおちるとから、罪人以外の人間には接触したことのないような、型にはまった三人の警官が物々しい様子をして外に立っている。
「此処へ来い」
 そのうちの一人が錻力《ブリキ》を叩くような声で命令した。彼は奴隷のように柔順にだまって出て行った。
 三人の頑固な警官が、彼を、まるで危険な猛獣か何かのように、物々しく三方から護衛しながら、燦然《さんぜん》と電灯の光のてらしている大きな西洋室へつれて行った。
 今村は、日光をおそれる土龍《もぐら》のように、明るい部屋へ出るのが気まりがわるかった。彼は、数時間前から、彼の身にふりかかって来たあまりに急激な変化のために、以前の自分と現在の自分との連絡をはっきり自覚することができなかった。不面目きわまる現在の自分の姿が、見知らぬ悪漢か何ぞのように客観視された。彼は自分で自分を笑ってやりたいような気持になった。「ざま見ろ」というような痛快な感じが心のどこかから湧いて来るのであった。
 室の中央には、数百年来そこにおいてあった彫刻か何かのような、その場にふさわしい恰好をして、板倉《いたくら》刑事課長が悠然と腰をおろしていた。彼は(こんなことは言う必要がないかも知れぬが)前の晩にまだ四つになったばかりの末娘をどの女学校へ入れるかというくだらん問題について夫人と衝突し、十一時頃床へは入るまで不機嫌であったところへ、ちょうど眠入りばなを本庁から電話で起されたのであった。「何だ今頃?」と彼は叱るように電話口で答えたのであった。
 当番の警部は、つい今しがた、京橋の浅野護謨会社の事務所で、小使が頭部を打たれて惨殺されているのが社長に発見されたこと、ただちに管下に非常線を張ったこと、現場へはただちに判検事及び係りの警官や警察医が臨検に向う手筈になっていること、犯人は当夜夜勤をしていた今村という事務員に嫌疑がかかっていることなどを
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