る。従つてこの科学の発達はまだ比較的幼稚である。最後に人間の精神生活の科学即ち実験小説の取り扱ふ対象に至つては、その複雑さが更に一層甚だしい。それ故に、この科学(小説)はまだ法則を云々する域にすらも達して居らぬのである。人間科学が幼稚であるのは方法の罪でなく、対象が複雑なためである。
 エミイル・ゾラは、実験小説の神髄を次の如く要約してゐる。
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 『先づ、生理学が教へるやうに、遺伝、環境等によりて、人間の精神生活の機構を説明し、ついで、この人間を生理学者の手から引離して、社会的環境の中において見る。この社会的環境なるものは、人間自らがつくつたものであり、人間が毎日変へてゐるものであり、その中にありて人間自ら亦絶えず変化してゐるものなのである。』
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 ゾラの言はんとするところを一言で言ふならば、小説家は、生物学と社会学との両方面から人間を研究する科学者であるといふことになる。

         四

 以上は実験小説(自然主義小説)の純論理的根拠である。実験小説はもつと実際生活に密接な関係を有する役割、ゾラの言葉によれば道徳的役割 〔ro^
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