に跳つてゐる碧《みどり》の波の大きなるうねりを思はせる。陸地の果てといふ感じが強く胸をめぐる。
海へ、海へ、はやく寂しいこんな荒地を抜け出して、その浜辺へ立つて見たい。狂ひ寄せる岸辺の波と、深い静かな物思はせる海と、力強いあの空と水とを劃する一線に深く眺め入つて見たい――車の上で話も出来ないので、私はこんな事を思つて行つた。
二時間ばかりで赤羽根へ着いた。細い道の両側に二三軒づつある家が、大方戸を閉めて、人が居るとも解らない。何処かで火に当てゝ呉れる家はないかと思つて捜したが、何処にも見当らなかつた。重い足を引きずりながら先きへ先きへと歩いて行くと、一軒戸が開いて炉に火が燃えてゐた。二人は前後を考える暇もなく駈け込んで当てゝ貰つた。
「いつもこんなに寒いのかね」と訊くと、「いいえ、こんなことあ寒中でも御座んしねえ、珍らしいことだ」と云ひながら松の葉をどつさり炉へ投げ込んで呉れた。
「宿屋てのは、何処にあるんだね」
火に手を翳しながらS君が訊いた。
「宿屋つて別にねえだが、わしらの処でも頼まれりや御泊めするだあね」
茶を汲みながら[#「ながら」は底本では「ながな」]二十ばかりの男が言つた。二人は、顔を上げて家の中を見まはした。煤けた板戸の向ふでぶん/\絲を繰る手車の音が聞こえてゐた。炉の傍から二階へ登る階子段《はしごだん》がついてゐた。その段々の下の戸が開いて、食器のごた/\はいつて居るのが目についた。
「海は」と私は考へを転ずるやうに問ひかけた。
「海かね、海はすぐこの下で御座んす、此前の森の下が浜になつてゐるだね」
「漁はあるかね」
「いゝえ、かう荒れちや、からきし駄目だね。――これから何方へ行きなさるんだね」
「伊良湖へ行くんだがね、何里ぐらゐあるんだらう」
「伊良湖かね、五里ぐれえあるかね」「道は迷ひさうな処は無いかね」「道かね、道や何に、この前を真直ぐに行つて、なんでも左へ左へと海を見て行きや大丈夫だね、何なら浜へおりて、なるつたけ水際々々と歩いて行きや楽に行けるだね」
「こんな方を通る者はあんまり無いだらうな」。S君は口を入れた。
「さうさね。たいてい県道を福江《ふくえ》まで行くでね」
二人はその家を出て樹下《こした》の道を辿つて行つた。樟の樹、椿の樹がこんもりとトンネルのやうに茂つて、細い路の先きの先きまで見透される。その路の上をちよこ/\歩い
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