《しようとつ》しちや一日も一緒にゐられたものぢやない。」
近子は成程《なるほど》然《さ》うかとも思ツて、「ですけども、私等《わたしたち》は何んだツて此樣《こん》なに氣が合はないのでせう。」と心細いやうに染々《しみ/″\》といふ。
「お互にスツかり缺點《あら》をさらけ出して了《しま》ツたからよ。加之《おまけに》體力の不平均といふのも重《かさ》なる原因になツてゐる。自體女は生理上から謂《い》ツて娼妓《しやうぎ》になツてゐる力のあるものなんだ、お前は殊に然《さ》うだ!」
近子は眥《きれ》の長い眼を嶮《けは》しくして、「何《な》んでございますツて。」
「ふゝゝゝ。」と俊男《としを》は快《こゝろよ》げに笑出して、「腹が立ツたかね。」
「だツて其樣《そん》な侮辱《ぶじよく》をなさるんですもの。」
「侮辱ぢやない、こりや事實だ。尤《もつと》も女の眼から見たら男は馬鹿かも知れん。何樣《どん》な男でも、丁度俺のやうに、弱い體でもツて一生懸命に働いて、強壯な女を養《やしな》ツてゐるのだからな。」
「其の代《かは》り女にはお産といふ大難《だいなん》があるぢやありませんか。」
「そりや女の驕慢《けうまん》な根性《こんじやう》に對する自然の制裁《せいさい》さ。ところで嬰兒《あかんぼ》に乳を飮ませるのがえらいかといふに、犬の母だツて小犬を育てるのだから、これも自慢《じまん》にはならん。とすれば女は殆ど無能力な動物を以《もつ》て甘《あま》ンじなければならん。ところが大概《たいがい》の男は此の無能力者に蹂躙《じうりん》され苦しめられてゐる………こりや寧《むし》ろ宇宙間に最も滑稽《こつけい》な現象と謂《い》はなければならんのだが、男が若い血の躁《さわ》ぐ時代には、本能の要求で女に引付けられる。此の引力が、やがて無能力者に絶大の權力を與へるやうなことになるのだから、女が威張《ゐば》りもすれば、ありもせぬ羽《はね》を伸《のば》さうとするやうになる。そこでさ、女は戀人として男に苦痛を與へると同時に歡樂《くわんらく》を與へるけれども、妻としては所天《をつと》に何等《なんら》の滿足も與へぬ、與へたとしても其《それ》は交換的で、而《しか》も重い責任を擔《にな》はせられやうといふものだから、大概の男は嬶《かゝあ》の頭を撲《なぐ》るのだ。簡明に謂《い》ツたら、女といふやつは、男を離れて生存する資格のない分際《ぶんざい》で、男に向ツて、男が女を離れて生存することが出來ないかのやうな態度を取ツてゐるのだ。現《げん》にお前だツて然《さ》うぢやないか。俺《おれ》が幾ら體が虚弱だからと謂《い》ツて、お前といふ女は、女といふ男を離れて、而《しか》も妻《つま》として立派に生存して行かれるか。ま、考へて見ろ、俺が死んだら何《ど》うする? 其の癖《くせ》お前は、俺の體が虚弱《きよじやく》だとか、俺の性質が陰氣《いんき》だとか謂《い》ツて、絶えず俺のことを罵倒《ばたう》してゐる、罵倒しながら、俺《おれ》に依ツて自己《じこ》の存立《そんりつ》を安全にしてゐるのだから、こりや狐よりも狡猾《かうかつ》だ。何《ど》うだ、お前はこれでも尚《ま》だ、體の強壯なのを自慢として、俺を輕侮《けいぶ》する氣か。青い顏は、必ずしも紅い顏に壓伏《あつぷく》されるものぢやないぞ。」と言訖《いひをは》ツて、輕く肩を搖《ゆす》ツて、快《こゝろよ》げに冷笑《せゝらわら》ふ。
近子《ちかこ》は唇《くちびる》を噛《か》みながら、さも忌々《いま/\》しさうに、さも心外《しんぐわい》さうに、默ツて所天《をつと》の長談義《ながだんぎ》を聽いてゐたが、「ですから、貴方《あなた》はおえらいのでございますよ。」と打突けるやうに謂《い》ツて、「それぢや、これからもう、家が淋しいの冷《ひやゝか》だのと有仰《おつしや》らないで下さいまし。無能力な動物に何も出來やう筈がございませんわ。」
「フム、他《ひと》の言尻《ことばじり》を攫《つかま》へて反抗《はんこう》するんだな。」
「いゝえ、反抗は致しません。女に反抗する力なんかあツて耐《たま》るものですか。」と澄《す》ましきツて謂《い》ツて、「時にもうお午《ひる》でございませうから、御飯をお喫《あが》りなすツては?………」
「俺《おれ》は尚《ま》だ喰ひたくない。」
「でも私《わたくし》はお腹が空《す》いて來たんですもの。」
「ぢやお前勝手に先に喫《た》べれば可《い》いぢやないか。」
「だツて、然《さ》うは參りません。」
「妙なことをいふね。お前は何時《いつ》もお午《ひる》をヌキにして、晩の御飯まで俺《おれ》を待ツてゐる次第《しだい》でもあるまい。」
「そりや然《さ》うですけれども、家《うち》にゐらツしツて見れば、豈夫《まさか》お先へ戴くことも出來ないぢやありませんか。加之《しかも》ビフテキを燒かせてあるの
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