私をお擇びなすツたのぢやありませんか。」
「然《さ》うだツたかな。」と空《そら》ツ恍《とぼ》けるやうに、ちらと空を仰《あほ》ぎながら、「とすりや、そりや俺《おれ》がお前を擇《えら》んだのぢやない、俺の若い血がお前に惚《ほ》れたんだらう。」
「それは何方《どつち》だツて可《よ》うございますけれども、私は何も自分から進むで貴方《あなた》と御一緒になツたのぢやございませんから、何《ど》うぞ其のお積《つもり》でね。」
「可《い》いさ、俺《おれ》もそりや何方《どつち》だツて可《い》いさ。雖然《けれども》是《これ》だけは自白《じはく》して置く。俺はお前の肉《にく》を吟味《ぎんみ》したが、心は吟味《ぎんみ》しなかツた。ところで肉と肉とが接觸したら、其の渇望《かつばう》が充《みた》されて、お前に向ツて更に他《た》の望《のぞみ》を持つやうになツた。而《す》るとお前は中々此の望を遂《とげ》させて呉れるやうな女ぢやない、で段々《だん/\》飽いて來るやうになツたんだ。お前も間尺《ましやく》に合はんと思ツてゐるだらうが、俺《おれ》も充《つま》らんさ。或意味からいふと葬《はふむ》られてゐるやうなものなんだからね。何しろ此の家《うち》の淋しいことは何《ど》うだ。幾ら人數《にんず》が少ないと謂《い》ツて、書生もゐる下婢《げぢよ》もゐる、それで滅多《めつた》と笑聲さへ聞えぬといふのだから、恰《まる》で冬の野《の》ツ原《ぱら》のやうな光景だ。」
「其《それ》は誰《たれ》の故《せい》なのでございませう。」
「誰の故《せい》かな。」
「私《わたし》は貴方《あなた》に無理にお願をしてバイヲリンの稽古《けいこ》までして、家庭を賑《にぎやか》にしやうと心掛けてゐるやうな譯ぢやございませんか。」
「其のバイヲリンがまた俺の耳觸《みゝざわり》になるんだ。あいにくな。」
「それぢや爲方《しかた》が無いぢやありませんか。」
「眞個《まつたく》爲方《しかた》が無いのさ。」
「ぢや何《ど》うしたら可《い》いのでございませう。」
「解《わか》らんね。要するにお前の顏は紅《あか》い、俺の顏は青い。それだから何《ど》うにも爲樣《しやう》のないことになつてゐる。」
爲樣《しやう》があらうが有るまいが、それは私《わたし》の知ツたことぢやない! といふやうな顏をして、近子《ちかこ》はぷうと膨《ふく》れてゐた。そして軈《やが》て所天《を
前へ
次へ
全12ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三島 霜川 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング