、お前、何處《どこ》へ行くんか。」
豈夫《まさか》に螢狩とにも謂《い》へぬから、どぎまぎ[#「どぎまぎ」に傍点]してゐると、
「何か、また螢を捕《つかま》へに行くんぢゃな。」
的中《てつきり》星を指《さ》されて、自分は忸怩《もじ/\》しながら、默ツて垂頭《うつむ》いてゐた。
お祖父《ぢい》樣は被蔽《おつかぶ》せて、「それなら、もう止せ、止せ! 幾ら捕へて來たツて、螢といふ奴は、露を吸ツて生《い》きてゐる蟲だから、明《あす》の朝日が出ると、みんな消えて了《しま》うのだ。」
此《か》うまで謂《い》はれては、自分は默ツてゐる譯《わけ》に行かない。で、
「いゝえ、お祖父樣《ぢいさん》、私は螢を捕《つかま》へに行くのでは無いのです。つい其處《そこ》まで…… あの、お隣家《となり》の太一さんの許《とこ》まで行くのです。」
「嘘《うそ》を吐《つ》け! ハ……。」とお祖父樣《ぢいさま》は、さも面白さうに、併し何か底に意味があるやうに笑ツて、
「其樣《そん》な嘘《うそ》を吐《つ》くもんぢやない。お祖樣《ぢいさん》は能く知ツてゐるぞ。其の螢籠は何《な》んだ、」失敗《しま》ツた! 自分は螢籠を片手にぶらさげ[#「ぶらさげ」に丸傍点]てゐた。此《か》うなツてはもう爲方《しかた》が無い。逃《に》げるより他《ほか》に術《て》が無いから、後《あと》の事なんか考へてゐる暇が無い。自分は些《ちつ》との隙《すき》を見て後《あと》をも見ずにすたこら[#「すたこら」に傍点]駈出した。
大約《おほよそ》三四町も駈通して、もう大丈夫だらうと思ツて、自分は立停《たちどま》ツて吻《ほつ》と一息した。後《あと》を振向いて見ても誰も來る模樣が無い。そこで安心して、徐々《そろ/\》仕事の支度に取懸ると、其處《そこ》らには盛に螢を呼ぶ聲が聞える。其の聲を聞くと、急に氣が勇むで來て、愉快で耐《たま》らない。それに四方《あたり》の景色《けしき》も好《よ》かツた。五日ばかりの月も落ちて了ツて、四方《あたり》が急に眞《ま》ツ暗《くら》になると、いや螢の光ること飛んで來ること! 其の晩は取分け螢の出やうが多かツたやうに思はれた。蛙も、元氣能《よ》く聲を揃へて啼《な》いてゐる、面白いに取紛《とりまぎ》れて、自分は夢中で螢を追駈廻してゐた。
自分は何《ど》の位其處らを駈《かけ》ずり廻ツたか、また何《ど》の道を何《ど》うして
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