《こゝち》もする。要するに雪解の時分の北國の自然は都《すべ》て繃帶されてゐるのだ。丁ど戰後の軍勢に負傷者や廢卒や戰死者があるやうに、雪解の自然にも其がある……柵が倒れてゐたり垣が破れてゐたり、樹の枝が裂けてゐたり幹が折れて倒れてゐたり、または煙突が崩れてゐたり小屋や小さな物置が壓潰《おしつぶ》されてゐたり、そして木立や林が骸骨のやうになツて默々としてゐる影を見ては、つい戰場に於ける倒れた兵士の骸《むくろ》を聯想する。其の林や木立は、冬の暴風雨《あらし》の夜、終夜《よすがら》唸《うな》り通し悲鳴を擧げ通して其の死滅の影となツたのだ……雖然《けれども》鬪は終ツた。永劫《えいごふ》の力は、これから勢力を囘復するばかりだ。で蕭然たるうちに物皆|萠《も》ゆる生氣は地殼に鬱勃としてゐる。
風早學士は、其の薄暗い物象と陰影とを※[#眼偏に「句」、第4水準2−81−91、230−下段26]《みまは》して、一種耐へ難い悲哀の感に打たれた……彼自身にも何んの所故《わけ》か、因《わけ》が解らなかツたけれども、其の感觸は深刻に彼の胸を※[#「削」の偏は肖でなく炎、第3水準1−14−64、230−下段29]《けづ》る。彼は其の或る空想の花に憧れて、滅多《めつた》無性《むしやう》と其の影を追※[#「廻」の正字、第4水準2−12−11、231−上段2]してゐた。而も彼の心は淋しい! そして眼に映る物の全てに意味があツて、疑が出て來て、氣が悶々してならぬ。
「俺は生れ變ツたのぢやないか。」と彼は頭を振ツて考へた。
「一體俺は何んだえ?」といふ疑も出て來る……而《す》ると熱《ほて》りきツてゐた頭が急に冷めたやうな心地もする。で、吃驚《びつくり》したやうに、きよときよとして其處らを見※[#「廻」の正字、第4水準2−12−11、231−上段10]しながら、何か不意に一大事件にでも出會《でくは》したやうに狼狽《うろた》へる。妄《やたら》と氣が燥《いら》ツき出す。
「何んだ? 何んだツて、俺は此樣なことを考へる……人間は智識の他に何も意味も無い價値《ねうち》も無い動物ぢやないか。人間の生活は、全く苦惱で而も意味は空ツぽだけれども、智識は其の空ツぽを充《みた》して、そして種々《さまざま》の繋縛をぶち斷《き》ツて呉れるのだ。で俺は出來るだけ智識を求め、馬より少し怜悧な人間にならうと思ツて、其を唯一の快樂ともし
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