餘る生徒が、雁《がん》が列を亂したやうになツて、各自《てんでん》に土塊《つちくれ》を蹴上げながら蹴散らしながら飛んで行く。元氣の好い者は、ノートを高く振※[#「廻」の正字、第4水準2−12−11、223−中段18]して、宛態《さながら》に演習に部下でも指揮するやうな勢だ、てもなく解剖室へ吶喊《とつかん》である。何時《いつ》も自分で自分の脈を診《み》たり、胸をコツ/\叩いて見たりして、始終《しよツちゆう》人體の不健全を説いてゐる因循な醫學生としては、滅多と無い活溌々地の大活動と謂はなければなるまい。
其の騷のえらい[#「えらい」に傍点]のに、何事が起ツたのかと思ツたのであらう。丁《ちやう》ど先頭の第一人が、三段を一足飛《いツそくとび》に躍上ツて、入口の扉《ドアー》に手を掛けた時であツた。扉を反對の裡《うち》からぎいと啓《あ》けて、のツそり[#「のツそり」に傍点]入口に突ツ立ツた老爺《おやぢ》。學生はスカを喰《くら》ツて、前へ突ン※[#あしへんに「倍」のつくり、第3水準1−92−37、223−下段8]《のめ》ツたかと思ふと、頭突《づつき》に一ツ、老爺の胸のあたりをどんと突く。老爺は少し踉《よろめ》いたが、ウムと踏張ツたので、學生は更に彈《はね》ツ返されて、今度は横つ飛に、片足で、トン、トンとけし[#「けし」に傍点]飛ぶ……そして壁に打突《ぶツつか》ツて横さまに倒れた。
老爺は、其には眼も呉れない。入口に立塞《たちふさが》ツて、「お前さん達は、何をなさるんだ。」
と眼を剥《む》き出して喚《わめ》く。野太《のぶと》い聲である。
ガア/\息を喘《はず》ませながら、第二番目に續いた學生は、其の勢にギヤフンとなツて、眼をきよろつかせ[#「きよろつかせ」に傍点]、石段に片足を掛けたまゝ立往生《たちわうじやう》となる。此《か》う此の老爺に頑張られて了ツては、學生等は一歩も解剖室に踏入ることが出來ない。
老爺は、一平と謂ツて、解剖室專屬の小使であツた。名は小使だが、一平には特殊の技能と一種の特權があツて、其の解剖室で威張ることは憖《なまじ》ツかの助手を凌《しの》ぐ位だ……といふのは、解剖する屍體を解剖臺に載せるまでの一切の世話はいふまでも無い。解剖した屍體を舊《もと》の如く縫合はせる手際と謂ツたら眞個《まつたく》天稟《てんぴん》で、誰にも眞似の出來ぬ業である。既に解剖した屍體
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