、苦力を足で蹴飛ばしている訳だから。苦力頭が昼ごろ見廻りに来たが、その時も俺に見向きもしなかった。アバタ面を虎のようにひんむいて、苦力どもを罵っていた。
 昼飯の時、苦力のひとりが俺にマントウと茶碗に一杯の塩辛い漬物を食えと云って突き出した。いくら腹が減っていても、バラバラした味気のないマントウは食えなかった。塩辛い漬物を腹一杯に食って、水ばかり呑んだ。
 仕事を終った時は流石《さすが》に疲れた。転げそうな体をようやく小屋に運んだ。
 苦力たちは、用意の出来ていた食物を、前の空地に運んで貪《むさぼ》りついた。一日十五六時間も働いて、日の長いのに三度の飯は腹が減るのは無理もなかった。俺は腹が減り切っていたが、マントウには手が出なかった、熱い湯を呑んで、大根の生まを噛《か》じった。そして房子に入った。土間の入口の古い机に倚《よ》って、酒を呑んでいた苦力頭が俺をみて、はじめてにっこりとアバタ面を崩して笑った。そしてブリキの盃を俺に突きつけた。俺は盃をとるかわりに腕を掴んで、 ――大将! 俺を働かしてくれるか有難い――と叫んだ。苦力頭は、俺の言葉にキョトンとしたが、感じ深い眼で俺を眺め、そして慰めるように肩を叩いて盃を揺ぶった。――やがて喰い物にも慣れる。辛抱して働けよ、なア労働者には国境はないのだ、お互に働きさえすれば支那人であろうが、日本人であろうが、ちっとも関ったことはねえさ。まあ一杯過ごして元気をつけろ兄弟! ――苦力頭のアバタにはこんな表情が浮かんでいた。俺は涙の出るような気持で、強烈な支那酒を呷《あお》った。
[#天より16字下げ、地より2字上げで](大正十五年六月「文芸戦線」)



底本:「日本現代文学全集 69 プロレタリア文学集」講談社
   1969(昭和44)年1月19日初版第1刷
   1980(昭和55)年5月26日増補改訂版第1刷
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
常用漢字表、人名漢字別表に掲げられている漢字は、新字にあらためました。
繰返し記号「ゝ」「ゞ」は、仮名に書き換えました。
拗促音は、小書きしました。
※本作品中には、身体的・精神的資質、職業、地域、階層、民族などに関する不適切な表現が見られます。しかし、作品の時代背景と価値、加えて、作者の抱えた限界を読者自身が認識することの意義を考慮し、底本のままとしました。(青空文庫)
入力:大野 裕
校正:Juki
2000年9月4日公開
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全5ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
里村 欣三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング