濛々と捲き起されて来る土煙に、刃疵のある顔をしかめながら土煙から抜け出るために、馬を先頭に馳せ抜けた。
と、またしても高村の険しい声が聞えた。隊長は反射的に、馬をとめて振り返った。隊列は土煙に丸められて、はっきり見分けられなかったが、馬も車も動いていなかった。
彼はまた再び、新らしい憤激に燃えあがって来る自分に我慢が出来なかった。…………
乗馬は拍車にいきり立つと、土煙を力一杯にすくいあげて、斜な陽に鹿毛の毛並を躍らせた。
「どうしたんだ。高村!」
隊長は遠くから怒鳴り立てて、跳び込んで来た。
「畜生共、横着なんです、また動こうとしないんです。――豚奴、こうして呉れる!」
高村はいきなりこう叫ぶと、馬から跳びおりて、間近な苦力の横顔に乗馬鞭をふりおろした。苦力はきゃあ! と悲鳴をあげると、輜重車の積荷から転げ落ちた。
「さあ、野郎どうしても動かないというのか!」
第二の鞭はぴゅうと唸りながら次の苦力に向かった。
「…………けえッ!」
苦力は鞭の威嚇に肩を聳かして、車の反対側に跳びおりようとしたが、
「あッ……」
と、悲鳴をしぼってのめり落ちてしまった。彼が跳びおりない間に、素早く鞭の蔓が閃めいて、裸形の背中を鋭くはためきつけたのだ。
「畜生! 太々しい野郎どもだ」
血迷った高村は、すかさず第三の男に襲い掛ろうとした。右手で高く鞭を振り廻した。
「待て! 高村、一体どうしたというのだ?」
隊長が怒鳴った。
「はッ、野郎どもは始末におえない横着者なのです」
彼は血走った眼を無念そうに瞬いた。そして直ぐに走り出そうとした。
「待て! 彼奴等は何が不足なのだ?」
「は、賃金の値上げをしろというんです。奴等の意地悪い手なんです。こっちの弱味につけ込んで無理を通そうという腹なんです。Nまでは四日行程ある――そこにつけ込んでいるのです」
「一体、お前は彼奴等にどれだけ呉れてやっているんだ」
「はッ、それは隊長、隊から支給されているだけに――」
「黙れ、黙れ、嘘をつくか。俺が少しも支那語を解さないと思うか? 俺に彼奴が要求する手が見えないとでも言うのか※[#疑問符感嘆符、1−8−77] 俺はみんな呑み込んでいるのだ。」
高村は黙りこくってしまった。そして支那浪人特有の虎髯を、口惜しげに引き※[#「てへん+劣」、第3水準1−84−77]った。
「おい、高村! 一体お前はどうするんだ。この輸送が遅延する責任をどうするんだ。貴様等は、実に悪辣な利益を貪る以外には、少しも国家的観念がないのだ。俺を侮辱し切っているのだ。それでなければ」
「いいえ、隊長! 彼奴等のなかにはボルシェビキイの手先が藻ぐり込んでいるのです」
「え、何んだと※[#疑問符感嘆符、1−8−77]」
隊長はさっと顔色をかえてせき込んだ。
「は、きっとそれに違いないのです、彼奴等を、あんなに執拗に、意地悪くひねくらせるのは、ボルシェビキイの手先のためなんです。でなければ――まったく例のないことなのです」
「何んと! ボルシェビキイだと」
「そうです。それに違いないのです。ボルシェビキイの戦術は、敵の軍隊に謀叛を起さしめ、叛乱せしめるのが得意なのです。彼奴等はその手段に乗せられているのです。そしてまんまと、ボルシェビキイは、本隊の輸送を遅延せしめようという計劃なのです。それに違いないのです」
「うぬ、畜生! 彼奴等の手だてに乗って堪まるものか。軍曹! 軍曹! 高村! よし関わぬ。動かぬ奴は片ッ端しから撃ち殺ろせ」
隊長は鞍の上に伸びあがって、唸るように叫んだ。
四
忽ち、そこには非道な暴虐が持ちあがった。剣と銃剣の襲撃に、苦力たちの集団は、一たまりもなく崩れて、云いようのない悲鳴叫喚が、緑の曠野を四方に飛び跳ねた。
「遁走する奴は撃て! 撃ち殺すんだ!」
隊長は怒鳴った。そして彼は手を合わせて、哀訴懇願する苦力の一人を輜重車の車輪に追いつめた。
ぱッと銃がなった。
その向うで、苦力が草のなかに手を拡げながらのめり込んだ。同時に、隊長は振りかぶった剣を斬りさげた。
「あッ!」
苦力は仆れた。仆れながら彼は、手を合わせて二の剣を避けた。
「よし。車につけ!」
血だらけの苦力は車に這いあがった。それを見澄ますと、隊長はすぐに乗馬を躍らせて次に跳びかかった。
高村が後列の苦力を、拳銃で輜重車の上に追いあげていた。その脚元には、傷ついた苦力が二人血だらけになって、埃りっぽい土を手足で掻き廻していた。
ぱッ!
ぱッ!
草むらに這い込む苦力が、そこでもかしこでも兵卒の発砲にのめり、倒れた。
陽はまだ高かった。
輜重車は動き始めた。
誰れも黙っていた。――
やがて捲き起されて来た土煙に、長い隊列はすっかり包まれてしまった。鞭の
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