。そして實際ヘーゲルの後、彼の形而上學は勢力を失墜しはしたが、彼の哲學の精神は科學の座標において分解され、かくして歴史科學及び社會科學の著しい發展を喚び起した。ここにこれらの科學の認識の理論が特に問題にされることとなり、それと共にいはゆる認識論は次第に解消されることとなつた。ヴィルヘルム・ディルタイの生の哲學(Lebensphilosophie)がこの傾向を代表するであらう。しかるに第二に、認識論においては認識の理論が存在の理論から游離するといふ自然的な傾向がそのうちに含まれてゐた。それだから、いまもし何等かの意味で存在の問題が再び重要視されるに到るや否や、いはゆる認識論といふ特殊なものは、他のものに變形してゆかねばならぬ。カント以前の哲學、特にデカルトの哲學に接近を求めていつたところのエドムント・フッサールの現象學(〔Pha:nomenologie〕)において我々は既にかかる傾向のひとつを見出し得るであらう。
 これまでに明かにして來たことは、認識論の歴史性といふことに盡きる。最近に至るまで哲學において支配的であつた認識論的傾向はそれ自身ひとつの歴史的なものである。從つてそれはそれ自
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