科學がかかる不信のために次第に道を開いた。經驗的科學として自然科學は次第に形而上學に反抗し、それから解放されることを求めた。このやうな自然科學の刺戟なくしては、認識の理論は特に認識論として現はれなかつたであらう。そこで認識論は近代の經驗的自然科學の影響のもとに生れたイギリスの經驗論(Empirismus)の哲學の内部において先づ成立した。それは非形而上學的なもしくは反形而上學的な啓蒙思想の産物と見られることができる。ここに認識の理論は實在についての理論から分れて、認識論といふ特殊な學問として獨立するやうになつた。ロックはいつてゐる、「我々の研究はそれ故に、我々の知識の起原、確實性及び範圍を研究し、それと共に信仰、意見及び承認などの根據竝びに程度等を研究する。この研究のために、心の物的條件は何であるかといふことには今は關與しない。また心の本質が何であるかといふことにも立ち入らないであらう。心の如何なる運動、或ひは肉體の如何なる變化が感官に如何なる感覺を生ぜしめるか、またそれが悟性に如何なる觀念を生ぜしめるか。さては觀念は全部物質なるものに依存してゐるか、それともただ一部分であるか。これら
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