願ふ、しかし同時に誰もそれから遠ざかつてゐたいと思ふ。言葉の魔術から自由になるといふことはあらゆる科學的研究の出發點である。そこで我々は先づ認識論といふ言葉のもつてゐる魔術性を取り除かねばならぬ。
 認識論と譯されてゐる言葉の原語を見ると、ドイツ語では普通 Erkenntnistheorie であり、英語では theory of knowledge といふ。これをギリシア語から構成して、ドイツ語の Epistemologie また英語の epistemology といふやうな言葉も出來てゐる。ところでこれらの言葉は古いものではない。Erkenntnistheorie といふ語はエルンスト・ラインホールトがその『人間の認識能力の理論及び形而上學』(一八三二年)において初めて用ゐたといはれてゐる。當時普通に「認識能力の理論」(〔Theorie des Erkenntnisvermo:gens〕)もしくは「認識能力の批判」(〔Kritik des Erkenntnisvermo:gens〕)といふやうな言葉が使はれてゐた。ここに見られるやうに、認識の理論は一般に認識についての批判的研究を意味
前へ 次へ
全95ページ中83ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三木 清 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング