主義(Utilitarismus)が效果の倫理(Ethik des Erfolgs)であるのに對して、效果の論理(Logik des Erfolgs)であるといひ得るであらう。プラグマティズムにとつては認識は要するに我々の行爲のための道具にほかならないから、それはまた道具主義(Instrumentalismus)として特色づけられる。
プラグマティズムは特に近代的な理論であり、その形跡は現代の種々の哲學において認められる。例へばフランスのベルグソンの哲學がまたこのやうなプラグマティズムの見方をそのうちに含んでゐる。ベルグソンはおよそ事物を考察するに二つの見方があると述べてゐる。第一の方法は物を外から、一定の觀點をとつて見る。この場合觀點の異るに應じてその見解も違つてこなければならず、しかるに觀點は無數に可能であるから、このときまた物について無數の見解が可能であらう。或る觀點から見るといふことは、物を他との關係において見ることであり、從つてその方法は分析の方法である。分析といふのはひとつの物を他の物によつて言ひ表はすことであつて、ベルグソンの比喩によると、ひとつの飜譯である。それは符號
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